研究レポート

認知症リスク低減のカギは "まちづくり”。専門家に聞く、高齢者の社会参加を増やす理想の街とは

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超高齢社会――日本は、65歳以上の人口が3,589万人、全体の28.4%(2019年)を占めており、世界1位の超高齢社会になって久しい。高齢化で生じる大きな問題の一つに介護費の問題がある。2020年度の日本の介護費用は約10兆円。これはフィンランド、アルゼンチン、ギリシャなどの国家予算に匹敵する額だ。

どうしたら認知症や要介護認定者を減らすことができるのだろうか?

その解決策について、長年、認知症などを減らす“ゼロ次予防”を提唱している千葉大学予防医学センター教授の近藤克則氏に話を聞いた。その中で浮かび上がったのは、データに基づく社会参加しやすい”まちづくり”の有効性だった――。

認知症リスクは、住んでいるまちに左右される!?

外出や体を動かすことについて、なんとなく認知症や健康には良いはずだと思っている読者は多いと思うが、それが実際にデータとして、どの程度の効果があったのかを分かっている人は少ないのではないだろうか。

近藤氏は、今まで「なんとなく良さそう」という仮説段階から、「何をすればどれくらい効果がでるのか」といったところまで踏みこんだ、健康施策の科学的な裏付けを目指し、健康に関するデータによる“見える化”に注力している。

近藤氏によると「外出や社会参加している高齢者は健康を保っていることを実際の数値により“見える化”することが重要」(以下カギカッコ内の発言は全て近藤氏)という。

千葉大学予防医学センター教授・近藤克則 氏

例えば、12市町村の約4万人の高齢者のうち、外出している人はしていない人に比べ、累積介護費用がどれくらい違うのかを5年間追跡した縦断研究をした。その結果、5年間にかかった平均介護費用を計算すると、ほぼ毎日散歩している人が23万円に対し、週1回以下だと30万円になり約7万円の開きがあることが分かった。(下図)

同様に約4万5000人の高齢者を対象に6年間の追跡し、社会参加の有無別に結果を見てみた。すると、趣味やスポーツの会に週1回以上参加している人では、全く参加していない人に比べ11万円ほど累積介護費を下げられていることが分かった。ほかにもボランティア活動に月に1、2回参加することも有効のようだ。(下図)

「家に引きこもっている人と比べると、外出したりアクティブに動いたりしている人の方が要介護認定を受けない、介護費用も少ないというデータが得られたんですね」

また、さまざまな地域でデータを取得しているなかで、認知症のリスクがあるまちとないまちがあることが分かってきたという。

「市町村間で認知症リスクがある人の割合を比べてみると、認知症リスク者が多いまちと少ないまちでは最大で3倍ぐらいの開きがあることが分かりました。一般に、都市部の方が、リスクが小さいことが分かったんです」

都心部では部屋に引きこもってテレビを一日中見ている老人がいる、というようなことが語られることは、しばしばあると思う。しかし、実際のデータでは田舎よりも都会の方が認知症が少ないのはなぜか?

近藤氏によると「最初は、高齢化の違いのせいではと考え、65歳から74歳に限定して認知症リスク者の割合を比較したのですが、それでも市町村間で5%と13%といった3倍近い差が残りました。さらに分析を進めると、どうもまちの環境が大事だとわかってきました。政令指定都市や三大都市圏ではアクティブに社会参加する高齢者が多かったんです。例えば、フィットネスクラブは、都会だと駅前に2,3軒ある。覗いてみると、高齢者の利用も多いのです。カルチャースクールやカラオケなど趣味ができる場も都市部にはたくさんあります。刺激を受けられる場所や機会が重要」という。

また、面白いことに趣味の種類によっても認知症リスクに違いがあった。特に旅行、ゴルフなどをしている人で認知症発症リスクが20%以上低いことが分かった。(下図)

「ゴルフなどは体を動かしつつ会話もして頭も使いますから、認知症予防と同時に転倒予防になります。パソコンもネットショッピングなど一方通行のものよりもオンライン通話といったコミュニケ―ションツールとして活用している人でうつが少なかった。歩行時間が長い人で認知症発症は少ないのですが、「散歩やジョギングが趣味」と答えた人では、あまり予防効果がみられないことには驚きました。毎日決まったコースを歩くとか、他に趣味がないとか、刺激が少ないことが原因かもしれません」

その言葉通り興味深いデータがある。マイアミ大学のアーロン・ヘラー氏が2020年5月にネイチャー誌に発表した論文だ。これは、ボランティア132人を対象に、3カ月間の移動経路をGPSで追跡、幸福度をアンケート調査したもの。移動距離が大きく、移動先が多様である人ほど幸福度が高いという傾向があった。

ここまでの結果で、歩行など体を動かすことには、健康への効果が期待できるが、こと認知症に関しては、刺激があり頭を使うような趣味や社会参加が重要らしいことが分かってきた。

松戸市が取り組む“認知症リスクを抑えるまち”づくり

近藤氏は、健康指標の“見える化”だけでなくその結果を踏まえつつ、実際に認知症や要介護認定者が多いまちに介入して、健康なまちづくりをめざすプロジェクトも複数行っている。その中の一つに、都市型介護予防モデル「松戸プロジェクト」がある。

同プロジェクトは、近藤氏が所属する千葉大学と松戸市が「都市型介護予防モデル」の開発を目指し2016年から取り組んでいるもの。運動や趣味・社会参加などの住民活動の機会を増やしそれが介護予防にどれだけ効果をもたらすかを評価している。第一期として2016年~2019年までの効果評価が行われた。

「まず、高齢者が社会参加できる拠点を増やすことが重要だと考えました。行政や地域のボランティアが個々に行うのでは数に限界がありますので、“プロボノ”を活用するアイデアを思いつきました」

プロボノとは、さまざまな専門キャリアをもった“プロ”が営利活動ではなくボランティアで活動することだ。実際に、松戸市でプロボノを募集するとさまざまな人材が10人以上集まった。主な役割は、総括、事務管理、企画運営、集計、関係団体の情報収集および連携、ワークショップ、広報活動など。松戸プロジェクト用の特別の名刺も作った。

「ビジネス誌の記者の方や、薬剤師、元大学教授、大手企業でマネジメント経験のある方、主婦まで様々な職種を経験した人たちが集まりました。高齢者の方にもプロボノをして下さる方が多くいました。その方自身のやりがいにもつながります。そうした人たちが先導して、社会参加できる拠点づくりの拡大を支援しました」

その言葉通り、松戸市には、介護予防推進を目的とした「元気応援くらぶ」という住民主体の地域活動団体があるが、この団体は2016年当時22団体だったのが2020年には約3倍の69団体に増えた。ほかにも、市民向け説明会、松戸市広報の特集号の執筆、宣伝・支援、交流会など多くのイベントも行った。

その結果、松戸市と同じく高齢者人口が多くサンプリング調査をした18市町村の中で、松戸市は最も社会参加割合の伸び率が大きいまちとなった。(下図)

「元気応援くらぶ」参加者と非参加者を1年追跡しても、非参加者と比べ参加者で要介護認定リスクが減っていた。近藤氏は「3年追跡し、抑制されたと期待できる介護給付費を単純計算すると、1億円~2億円ほどになった」と手ごたえを感じたという。

認知症になっても外出できる、外出したくなる街とは

最近重視されているものとして“フレイル(虚弱)”という考え方がある。これは、認知症などの要支援・要介護状態にはなっておらず、回復も可能だが、放置すれば要支援・要介護の危険が高い状態。いわば一歩手前の状態だ。

「フレイルにならないためにも、また、なったとしても要介護状態にならないような予防や、健康な状態に戻すような取り組みが重要です。それには、今までお話してきたような社会参加できる場が必要であり、健康になれるまちづくりが必要なんです」

その一つの施策として、WHOが高齢者に優しいまちとして提唱しているのが「エイジフレンドリーシティ」という概念だ。日本でも秋田市、兵庫県宝塚市、神奈川県などが目指すと表明。高齢者に本当に優しいまちなのか、調査などによるモニタリングを行い、まちごとの強みや課題を明らかにした上で、改善していく。

「環境に優しいまちの“環境”という言葉には、さまざまな意味が内包されています。もちろん社会参加できるような場所を増やすといった認知症予防の観点もあります。その一方で、すでに認知症になってしまった人に対する優しさ、その一歩手前の人たち(フレイル)への優しさ、あるいはそうならないための周りの優しさ、また本人が認知症になっても外出したい街かどうかということも大事ですね。そうした指標を出すために、私たちも“見える化”しようと調査を始めました」

近藤氏は高齢者10万人を対象に「認知症になった人が社会参加することについて同意できるか否か」などを質問項目に盛り込み、そのまちの住民の意識を数値化して「見える化」しようとしている。認知症に優しい人が多い理由、少ない理由などを突き詰めていくことで、エイジフレンドリーシティ構築の手がかりをつかもうという考えだ。

理由の部分についてはまだ分かっていないことも多いとした上で、「ボランティアや認知症サポーターが多いまちでは、認知症になっても社会参加したい人が多いという結果が出ています。これは、自分に認知症の症状が出た際に、まちの人が自分を助けてくれそうかどうかということを反映している結果でしょうかね」

MAMORIOが取り組む"高齢者にやさしい街づくり”

実はMAMORIO社でも、地方自治体や製薬会社と協力し、失防止タグ『MAMORIO』の仕組みを応用したお出かけ支援タグを開発。認知症患者の独り歩きを地域ぐるみで予防するための取り組みをすすめている。

青森県むつ市では、認知症患者が行方不明となってしまった場合に備え「認知症SOSネットワーク(おかえりネット)」という連絡体制を整備。協力者を一般市民まで広げ、さらなる早期発見につなげるために、お出かけ支援タグを導入した。

早期発見の仕組みはこうだ。認知症患者の家族に協力を得て、認知症患者に市が無償貸与したお出かけ支援タグを持つようにしてもらう。行方不明者が出た場合は、おかえりネットを通じて市民にアプリの起動を呼びかけ、スマーフォンのアプリを起動してもらう。日常業務を中断したりする必要はなく、ただアプリを起動するだけ。行方不明の人が近づきさえすれば、大まかな位置や時間をご家族に自動的に通知できる。

その手軽さから、地域ぐるみで認知症患者を見守る雰囲気が市民に醸成され、2019年には認知症の男性が、お出かけ支援タグをきっかけに早期発見される事例も生まれた。

MAMORIOの仕組みは手軽に参加できるため、ボランティやサポーターなどとの親和性は高いのではないか。

近藤氏も「MAMORIOの仕組みは、患者以外の市民が簡単に参加できるのがいいですね。もちろん自治体の協力や後押しが必要だとは思いますが、エイジフレンドリーシティを考えた際に、効果が期待できるサービスになりそうですね」と太鼓判を押していた。

今回の取材で、社会参加が認知症リスクの低減や、要介護認定者を減らすために必要なことが分かった。外出しやすい健康なまちづくり、エイジフレンドリーシティを増やしていくことが今後の超高齢社会を乗り越えていく上で一つの重要な要素になり得るだろう。認知症患者、フレイルも含め、誰でも気兼ねなく外出するためにも是非、MAMORIOを活用して安心感を得てほしい。著者も高齢者の方には優しく接しなければと切に思った。

取材・執筆:太田祐一

世界最小クラスの紛失防止タグ「MAMORIO」について

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